「歯医者に行くのが怖い」「過去の経験が忘れられない」――こうしたお悩みを抱えている方は、実はとても多いです。けれども恥ずかしくて人にはなかなか言えず、長年放置してしまうケースも少なくありません。ですから、こうして「歯科にトラウマがある」と言葉にできること自体、とても大切な一歩ではないかと思います。
歯科のトラウマの原因で多いのは「痛み」です。麻酔がしっかり効いていないまま治療が進んでしまい、つらい思いをした経験。子どもの頃に怖い思いをして、そのイメージが今も頭から離れない経験。こうした体験が「歯科=怖い」「歯科=行きたくない」という強い気持ちにつながってしまいます。実際、患者さんから「歯医者は絶対に痛いと思っていました」と打ち明けられることは少なくありません。
しかし近年の歯科治療は、昔と比べて変わってきています。例えば麻酔です。いきなり太い針を刺すのではなく、まず表面麻酔で歯ぐきをしびれさせ、極細の針でゆっくりと麻酔液を注入することで、ほとんど痛みを感じないように工夫することができます。また、電動注射器を使うことで麻酔の注入速度を一定に保ち、圧迫による痛みも最小限にすることもできます。こうした変化により、「思ったより痛くなかった」「これなら通える」とおっしゃっていただける方も少なくありません。
一方で、不安や恐怖心が強すぎて歯科医院に近づくことすら難しい「歯科恐怖症」と呼ばれる状態の方もいらっしゃいます。この場合、いきなり治療を始めるのではなく、まずはお話を伺ったり、診療室の雰囲気に少しずつ慣れていただくことが大切です。小さなステップを重ねることで、恐怖心を次第にやわらげることができる可能性があります。
また、「どうしても治療に踏み出せない」という方には「静脈内鎮静法」という方法もあります。これは点滴で薬を入れ、半分眠っているようなリラックス状態で治療を受けることができるものです。全身麻酔とは違い、呼びかければ反応できますし、治療が終わればしばらく休んで帰宅することもできます。当院では自由診療となりますが、歯科恐怖症の方や強い不安を持つ方にとっては有効な選択肢の一つです。
「歯科医院は怖いところ」という気持ちは、とても自然なことです。だからこそ、患者さんの気持ちに寄り添いながら「怖くない」「また来ても大丈夫」と感じてもらえる体験を積み重ねていただけるよう心がける必要があると思います。トラウマは一度で消えるものではありません。けれども「前よりも平気だった」「今日は最後までできた」という小さな成功体験を重ねることで、少しずつ心の中のイメージは変わっていきます。
受診を決意するまでに、時間がかかることと思います。歯科にご不安がある方は、ご自身の気持ちが整ったときに、生活のリズムや体調と相談しながら、ご自身に合う歯科医院を選んでみてください。
2025年9月12日 10:45 PM | カテゴリー:臨床の話